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判例詳細

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三菱難聴・振動病裁判

日本国憲法は、「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない・・・」としています。
国民が権利や自由をわがものとして血肉化しなければ、画餅になってしまうというのであります。三菱難聴裁判の推移は、人をしてそれをまのあたりに示したものと言えます。日本国憲法が国民に生存権や労働基本権を保障したにもかかわらず、三菱重工業をはじめ重厚長大の基幹産業の職場では労働者が耐え難い騒音に四六時中さらされ、聴力を奪われつつあるのに、「ツンボになって一人前」ということが平然と口にされ、日常的な聴力検査が行われないばかりか、聴力を失い定年で職場をほりだされても難聴の労災補償が受けられることさえ知らされず、聴力を失ったため周囲との交流をたたれ、例え家族があってもその中で孤独な老後を送ることを余儀なくされていたところです。そしてこのような労働の現場をささえる下請労働者に至っては、その扱いは一層苛酷で耳栓の支給さえ受けられない有様でした。
この裁判は斉木福右衛門さんをはじめ三菱重工神戸造船所の下請労働に従事して退職した者を主体とした難聴罹患者と泊さんたち現場の労働者の協力ではじまった騒音性難聴の労災認定運動の高まりを背景に労働者の騒音性難聴性患に対する三菱の責任を追求したものです。そして我国産業界の骨格とさえいわれる最大級の企業たる三菱重工の組織・人員・資金を無尽蔵に投入した応訴のため、十四年を要したものの最高裁は三菱の騒音性難聴発症の企業責任を認め、かつ直接三菱と雇用契約をしていない下請の労働者の健康を配慮する義務があることを認める画期的な判決を下したのです。このことは行政や大企業ベッタリと批判されるのが当然と考えられる最高裁でさえも造船重機の劣悪な労働条件をみのがすことや下請労働者にささえられる職場の実態を無視できなかったのであり、それは斉木さんたちの正々堂々たる権利主張とそれを実現させる営々たる努力の結晶と言えます。この裁判の結果は、斉木さんたちと同様、下請の労働者であっても元請企業は労災職業病の発生に責任を問われることになり、下請労働者の権利主張に大きな支えを提供することになったと言えます。
文責:髙橋 敬

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