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糀屋ダム事件

兵庫県の中央部に多可郡中町(合併により多可町編入)があります。
 播州平野が中国山地に飲み込まれるあたりの農村で、1970年代に農林水産省が糀屋地区に農業用ダム建設を計画しました。
 糀屋集落は、農業、畜産(乳牛)播州織生産など比較的豊かな地域で、寒村というものではありません。
農林水産省の出先機関近畿農政局は、ダム建設の用地買収の折衝にあたり、移転補償を住民に出すためには、集落が全戸移転すると難しいので、一部がのこり、多くが移転しないと難しいとして、一部の住民に対し、残留の働きかけを盛んに行いました。
 すなわち残留したものには、①移転したものが残した農地は低額で買い取れるようにする②ダム湖が出来れば観光地化するので、ボートや土産物の観光業の営業が見込まれる③残留者の営業振興策を行う。などのおいしい条件を提示しました。
こうして10戸足らずの住民が近畿農政局の示した条件を受け入れ残留し、多くの住民は補償をもらい移転してゆきました(みなさんもご存じかと思いますが、国の補償は、建物や物件の移転には非常に手厚い補償がなされ、土地については極めて低額になっているのです。)
ところが残った住民には、移転補償を受けた住民の残した土地は買い取る事が出来ませんでした。単なる斡旋であり、移転した人が売買に応じないと言うのです。これでは営農維持もできません。近畿農政局は、残った住民を残留させるため土地は低額で購入出来ると確約しながら、移転補償を受ける住民からは何の確約も取らず、いなくなるから売るだろうと根拠のない予想で住民に残留を要請していたのでした。
 残された住民は、僅かでかつ居住基盤の整備もされず、地域の共同体を維持できずまさに棄民とされてしまったのです。
住民は、全員がうち揃って、京都市にある近畿農政局へ残留の約束の履行を求めました。近畿農政局は、「地元と相談して対処する。」を繰り返しましたが、地元は残留者しかいないのだから、問題が解決する筈がありません。
住民は、やむなく杜撰な近畿農政局の糀屋集落への一部残留の行政行為(指導)の違法に対して、国家賠償訴訟を起こしました。審理を進めるに従い、近畿農政局の無責任な住民への対処が明るみに出て、ついに国が非を認め、損害賠償をして、今後の集落の維持について協議を進めて行く事になりました。
 残留住民達は、危うく棄民として捨て去られ、やがては糀屋の地から流転の道を歩まなければならないところでした。
文責:髙橋 敬

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