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判例詳細

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甲子園浜埋立計画取消訴訟

(1)阪神間の唯一の自然海岸-甲子園浜訟

 茅渟(ちぬ)の海と豊穣な海と称された大阪湾岸は、戦後の埋め立てにより、自然海岸が次々姿を消し、阪神電鉄の海水浴場香櫨園浜が海水の汚染、地先の埋め立てで閉鎖されたのち、甲子園浜は、高校野球のメッカ甲子園球場から南へ1kmほどの地域に位置し、市民が親しむ唯一の自然海岸となっており、鳥や蟹など自然観察、海浜の散策、ウインドサーフイン等レジャーなどが盛んに行われていました。
 これは海岸の地先が住宅地であり、工業や流通などの産業立地に向かないと見られていた為です。

(2)兵庫県の埋め立て計画

 しかし兵庫県は、甲子園浜を埋め立て、阪神港の中核とし、あわせて阪神高速道路湾岸線を敷設するため、都市計画決定し、それに基づき埋め立てを行う計画を立てました。
 これに対して、日頃浜に親しんできた住民や周辺自治会の連合会は、挙げて埋め立て計画に反対の意思を表明し、請願、陳情や兵庫県との交渉にあたりましたが、兵庫県は耳を傾けませんでした。

(3)埋立規制訴訟

 やむなく多くの住民が原告となり、港湾計画の取消と埋立工事の差止めを求め、訴訟を提起しました。訴訟では、住民側が、浜をたたえる歌の紹介からはじめ、唯一の自然海岸の大切さと自然海岸と触れあうことの教育的な効果など様々な点から明らかにし、兵庫県側を圧倒しました。  兵庫県側は、専ら「行政計画は青写真であり、具体的な権利義務にかかわるものではない。」という高円寺土地区画整理事業計画取消事件の最高裁判決(1965年判決、2008年ようや見直されました)を引用し、また住民達には、訴訟の当事者となる具体的な利益がないという訴訟の門前払いを求める主張に終始しました。  そして訴訟の進行中にやはり甲子園浜の自然海岸は保全されるべきだという世論も高まり、西宮市長が仲介にはいるという格好で、住民側と兵庫県が和解をしました。その結果兵庫県は埋立の範囲と面積を減らし、自然海岸を残し埋め立ては、地先の沖合でするなどという事になり、それ以後の問題が住民側と兵庫県、西宮市が協議して行うことになり、甲子園浜は守られました。

(4)現在

 海岸地帯の干潟の存在が生態系で重要性な役割を果たしていることの認識から、ラムサール条約が締結され、国内でも干潟の動植物の多様性が確認され、その保全を求める声が強まってきました。甲子園浜でも、海浜の整備保全を進めるとともに、干潟の保護にも力を注ぎ、現在では、浜は、鳥獣はじめ動植物の観察や学習に欠かせない場所となり、訴訟や埋立反対運動の成果が実を結んでいるものと言わねばなりません。
文責:髙橋 敬

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